大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和38年(オ)1145号 判決

上告人 江村喜久誉

被上告人 国 外四名

当事者参加人 江村守吉

主文

本件上告を棄却する。

上告豊用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人安来歓一郎の上告理由第一点について。

本件第一回の農地買収にあたり、当時右買収令書交付事務を担当した浜田市浜田地区農地委員会書記佐々木英一が昭和二三年二月末頃買収令書を上告人方に持参呈示し受領するよう申向けたところ、上告人はその受領を拒絶し令書の交付ができなかつた旨、及び、その結果知事において同年一〇月二五日付をもつて公告した旨の原審の認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯できないことはない。また、自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)九条一項但書は、令書の交付のできない事実のある場合における例外的な処分の告知方法を定めただけのものであつて、これに公告の理由を付するこをと規定していないし、その理由いかんによつて公告の効果を異にするものでもないから、たとえ、これに誤つた理由を付記したとしても、客観的に令書の交付のできない事由が存する以上、その公告を有効と認めるのを相当とする。従つて、第一審において被上告人が本件第一回の農地買収における公告の理由を上告人の住所不明によると主張したのを、原審においてその理由を上告人の右買収令書の受領拒絶によると訂正したからといつて、前叙説示のように上告人が買収令書の受領を拒絶し客観的に令書の交付ができない事実が存する以上、被上告人の主張の変更にあたらないとした原審の判断は、正当である。しからば、原審が本件第一回の買収にあたり被上告人知事のした買収令書の交付に代わる公告を有効とした判は正当であり、原判決に所論違法は存しない。論旨は、原審の専断権に属する証拠の取捨判断、事実認定を非難し、独自の見解に立つて原判決を攻撃するものであつて、いずれも採用できない。

同第二点について。

被上告人知事が本件第二回の農地買収にあたり、上告人が買収令書の受領を拒否した旨及び令書の交付に代わる公告の要件をみたして公告をした旨の原審の認定は、原判決挙示の証拠により首肯でき、原判決に所論違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実認定を非難するに帰し、採用できない。

同第三点について。

論旨は、本件における買収令書の交付に代わる公告には、買収の対象の記載がなく、自創法九条及び六条五項に違反するにかかわらず、原判決が右公告を有効としたのは、これらの規定の解釈を誤つたものであるという。自創法九条によれば、買収令書に代わる公告には、同法六条五項各号に掲げる事項即ち買収すべき農地の所在、地番、地目及び面積等を記載すべきことが規定されておるところ、本件公告には地目面積欄に「県農地課備付の買収計画書記載の通り」との記載があるのみで、地番、地目、面積等の記載のないことは、所論のとおりである。

しかし、右公告は一般人に周知される目的でなされるものではなく、被買収者たる特定人に対する告知方法にすぎないものであるから、本件において原審の確定するごとく、公告に買収計画書記載のとおりとの記載があり、その買収計画書には買収の対象物の記載があり、その買収計画書が上告人に交付されている場合には、上告人が買収令書の受領を拒絶した結果、右公告によつて買収処分の効果が発生することになつたとしても、上告人はその被公告の不備のため本件処分に対する救済の機会を失なう不利益を被むるものとはいえない。従つて、右事実関係のもとにおいては、右公告の不備は公告の効力ひいては買収処分の効力に影響をおよぼすものとは認められないとした原判決の判断は正当である。されば、原判決には所論違法はなく、論旨は採用できない。

同第四点について。

原判決は、上告人は少くとも買収計画書によつて本件第二回買収の対象の土地を知つていたものであり、本件各買収令書には最初は土地の表示が付されていたが、その後いつからかその表示がなくなつたものである旨を認定し、現在本件各買収令書に土地の表示のないのは、保管上の手落ちであつて、この手落ちは本件各買収処分の無効原因とは認められないと判断しているのである。右原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認でき、原判決には所論違法は認められない。従つて論旨は採用できない。

同第五点について。

原判決は、原判決添付別紙目録三、四の土地は本件買収当時においても上告人の所有地であつたこと及び右土地は買収当時登記面においては上告人の前主江村源吉所有の浜田市大字原井字葭沼二八五番地の二、田五畝二二歩となつていたのを、被上告人知事が買収にあたり同所四三六番地の二、田一畝一〇歩、同所同番地の一一、畑四畝一二歩として保存登記をして買収したことは、当事者間に争なき事実として確定したのである。そして原判決は、右は登記手続面の瑕疵にすぎず、この登記手続の瑕疵により本件第二回買収処分の効力に影響を与えるものとは認められない旨判断しているのであり、右判断は正当であつて、原判決には所論違法はない。また所論は右土地が上告人の所有地でないことを前提として憲法二九条違反を主張するが、原判決は本件買収当時右土地が上告人の所有地であつたことは争のないものと判示しているのであつて、所論違憲の主張は原判示に副わない事実を前提とするものであつて、採るを得ない。

同第六、七、八、一一点について。

昭和二〇年一一月二三日の本件買収基準日には上告人は松江市内に夫、子供とともに同居し、時々浜田市に来るのみで浜田市内に住所を持たなかつた旨、原判決添付目録一の土地は右買収基準日以前から、また買収処分時である同二二年一二月二日当時においても農地であつた旨、本件買収の基準日当時、本件土地のうち、右目録一の土地は被上告人大谷とその父大谷栄太が上告人より借受け、同目録二、三、四の土地については、訴外有田小八、同有田フイが上告人より借受けその一部を被上告人大谷とその父大谷栄太に転貸していた旨の原審の各認定は、原判決挙示の証拠に照らして首肯できないことはなく、右認定の過程に所論違法のかどはない。所論は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実認定を非難するものであつて、すべて採用できない。

同第九点について。

原判決は、本件土地につき自創法五条四号または五号所定の指定があつた事実を認める何らの証拠のない旨、しかも、近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地であつたことを認めるに足る証拠もない旨を判示しているのであり、仮に論旨に挙げるような事実があつたとしても、本件買収当時使用自的を変更するを相当とする農地の状況にあつたとは推認しうるものではなく、原判決の認定は相当であつて、所論違法はない。論旨は採用できない。

同第一〇点について。

自創法においては、買収対価の支払を買収処分の有効要件としていないのであるから、原判決のこの点の判断は正当であり、所論違法は存しない。論旨は採用できない。

上告人の上告理由第一点について。

被上告人櫨山虎市及び同大谷武友の不正登記を主張する論旨は、本件買収の効力に何ら影響するものでないから、採用できない。

同第二点について。

上告人が本件買収基準日当時、浜田市内に住所を有しなかつたここは上告代理人安来歓一郎の上告理由第六、一一点について説示したとおりであり、また、上告人が本件買収令書受領を拒絶したことは右上告代理人の上告理由第一、二点について説示したとおりであるから、所論は、いずれも採用できない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 長部謹吾 入江俊郎 松田二郎 岩田誠)

上告理由書〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例